ryutaro108

<もしも修学旅行が“現地集合”だったら!?>

 たとえばこんな話※1がある。

 その学校の修学旅行の行き先は「石垣島」だった。石垣島といえば沖縄本島から400km以上離れている果ての地だ。まあ、ここまではありえるかもしれない。でも、その修学旅行は“現地集合”だったのだ。

 あなたは「つまらん冗談だ」と思ったかもしれない。しかし学生たちは、親に聞くなり、本を読むなりして、必死に石垣島までの行きかたを調べ、飛行機あるいは船のチケットを自分で手配し、不安に押しつぶされそうになりながらも、やっとの思いで現地にたどり着いたのだった。

 そうするとどうなるか。面白いことに、学生たちは石垣島に着いた時点で感動がMAXになるのだ。ある者は「怖かった」と肩をふるわせ涙した。ある者は「着いたぞ」とはしゃぎ回った。修学旅行の目的が、その名が示す通り“学を修めること”なら、彼らはもう帰ってもいい。
 なぜなら、この島に自力でたどり着いた時点で、すでに、彼らは様々な社会勉強ができたはずだからである。(さすがに親に送ってもらったやつはいなかっただろう……)

 ともかく、学生たちはまるで戦場をくぐり抜けて来たかのように喜び合った。要するに“不便”はひとの感動のハードルを下げるのである。

(via etta-badapple)

これ、ボーイスカウトだかカブスカウトだかではこういうのあるよ。目的地の近くの駅に「現地集合」ってやつ。

(via yominuxx)

面白いな。

(via 15spd)

(Source: kitaodori, via 15spd)

私がお勧めしたい2つ目のテクニックは、「マインドフルネス・イン・アクション」――行動の中でマインドフルネスを行う、という方法だ。新たな訓練を日課として設けなくても、「物事に数秒単位で集中する」ことによって、1日の経験を少し違ったものにできるのだ。

 たとえばあなたが会議中に、誰かの発言を聞きのがしたこと、あるいはこの数分間意識が別のどこかに飛んでいたことに、ふと気づいたとしよう。あなたは聞くことをやめていたのだ。次の会議のことや、この後に詰まった予定のことを考えていたのかもしれない。あるいは単にぼけっとしていたり、携帯のメールに気を取られていたのかもしれない。これは誰にでも起こりうる。厄介なのは、深刻な誤認や、チャンスを逃すことにつながり、時間の無駄になりかねないことだ。

 そこで、会議では「1度に数秒間だけ、耳を傾ける」ことに最大の努力を払ってみよう。これは口で言うほど簡単ではないのだが、訓練を重ねるうちに、集中力を途切れさせず継続して聞けるようになる。意識が逸れていることに気づいたら、すぐに発言者の声に意識を戻す。この「集中し直す」という作業を1つの会議で数十回もやることになるかもしれないが、それはごく自然なことだ。人がどれほど頻繁に集中力を逸らすものなのか、私たちは自覚していない。さまよった意識を戻す時には、常に穏やかに、根気をもって行うこと。これは「いまこの時」に意識を向ける訓練なのだ。

 上記に挙げたテクニックは、文字通り、意識を鍛え脳の配線を変える行為だ。その結果として3つの重要な変化が起こる。①集中力が高まる、②物事をより明瞭に把握できるようになり、判断力が向上する、③心の平静が養われる。心の平静は、精神面・感情面の負担を軽減し、創造的な答えを見出す可能性を高める。

会議中でもマインドフルになれる2つの簡単なテクニック | HBRマインドフルネスブログ|DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー (via clione)

(via usaginobike)

失敗をしたことが無い者は、何も新しいことに挑戦したことがない。

— アルバート・アインシュタイン (via orehmi) (via teamrock) (via handa) (via shigesa)(via derutcarf) (via koikoi365) (via it-shine-reading) (via yaruo) (via iyoupapa) (via petapeta) (via newroutine, hikeda)
2010-02-07 (via gkojay) (via it-shine-reading) (via usaginobike) (via shortcutss) (via mmmmmmmmmy) (via eachbookonthedesk) (via usaginobike) (via golorih) (via masakiya77) (via usaginobike)