ryutaro108

 君が好きなものが、たとえば鉄道だってそれは全然かまわない。君はきっと紙の上に点と線を書きつけて路線図を書くだろう。山手線だろうが常磐線だろうが駅名はいつの間にかすべてすっかりそらんじている。そのうち君は、ある鉄橋を渡る列車の写真を撮るために、地形図や時刻表を丹念に調べはじめる。鉄道の歴史や廃線のあとを知るため図書館に行って本や資料を探す。
 図書館の書庫に降りて、本棚の隅にようやく探していた本を見つける。なんと君は十年ぶりの借り手だ。誰にも読まれず書庫の澱のなかに眠っていた本。それを今、君が手にする。なんとなくうれしくなる。それは君がちゃんと道を踏んでいる確かな証拠だ。十年前、この道をたどった誰かと同じように。
 あるいは君は、ある日の夕方、ふと空を見上げると沈みかけた夕日に照らされてたなびく雲が流れてゆくのを眺めるときがある。ちぎれた細い雲埜先の空は、もう群青色におおわれて、青がすっかり濃くなっている。そこに君は小さな星がまたたいているのに気づく。またたく星は、風にかきけされそうだけど、わずかな輝きは失われることがない。でもその光は果てしなく遠くにある。君はその時の、そんな気持ちを忘れないでいてほしい。それは時を経て、くりかえし君の上にあらわれる。それはいつか読んだ小説のなかにもあったし、山崎まさよしの歌の中にもある。あるいは一千二百年前の万葉集の中にでも。
 調べる。行ってみる。確かめる。また調べる。可能性を考える。実験してみる。失われてしまったものに思いを馳せる。耳をすませる。目を凝らす。風に吹かれる。そのひとつひとつが、君に世界の記述のしかたを教える。
 私はたまたま虫好きが嵩じて生物学者になったけれど、今、君が好きなことがそのまま職業に通じる必要は全くないんだ。大切なのは、何かひとつ好きなことがあること、そしてその好きなことがずっと好きであり続けられることの旅程が、驚くほど豊かで、君を一瞬たりともあきさせることがないということ。そしてそれは静かに君を励ましつづける。最後の最後まで励ましつづける。

ルリボシカミキリの青 福岡伸一

(via sskr31)

(via m0c0m)